妊娠初期に多くの人が悩まされるのが「つわり」です。個人差が大きく、吐き気や食欲不振、体のだるさなど、日常生活にも大きな影響を与えることがあります。
妊娠中は薬を使っても大丈夫か心配になると思いますが、実はつわりに対する薬は意外に多いです。この記事では、薬剤師がつわりに効果が期待できる薬・漢方・ビタミンなどを徹底解説します。
妊娠中でも安心して使えるもの・避けるべきものをわかりやすくまとめているので、つわり対策にお悩みの方は、ぜひ参考にしてください。


調剤薬局で管理薬剤師として勤務した後、子育てをしながら中小病院へ転職。現在は病院薬剤師として働いています。薬局薬剤師や新人薬剤師さんに役立つ情報を、ブログやX(旧Twitter)で発信中です。
妊娠中のつわりはなぜ起こる?
妊娠すると女性の体に大きな変化が起こります。その中でもつわりは代表的なものです。つわりの症状やいつまで続くのか?また、原因について解説します。
そもそもつわりとは?いつまで続くのか
妊娠すると、程度の差はありますが多くの人がつわりを経験します。つわりの症状としては吐き気や嘔吐、食欲不振や倦怠感などがあります。
一般的には妊娠6週頃から始まり、12〜16週頃には落ち着くことが多いとされています。しかしつわりは個人差が大きいため、出産が近づく時期まで症状が続く場合もあります。
つわりの原因とはホルモンが影響
主な原因としては、妊娠したときに胎盤の絨毛(じゅうもう)から分泌されるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)というホルモンが関係していると言われています。また最新の研究では脳に作用するホルモンGDF15が妊娠中の吐き気や嘔吐に関係しているという研究結果も出てきています。
病院で処方されるつわりの薬の効果と使い方
つわりは妊娠している女性の70〜90%に起こる症状です。妊婦さんでも安全に使える薬は数多くあり、必要に応じて医師から処方されます。医師の診断や経験から処方される薬の種類や量が決まります。
プリンペラン(メトクロプラミド):吐き気を抑える代表的な薬
吐き気や嘔吐は、脳の中にある「吐き気スイッチ」が働くことで起こります。吐き気スイッチの1つが「ドパミンD2受容体」です。刺激されると「気持ち悪い」「吐きたい」という反応が起きますが、プリンペランはこのD2受容体をブロックする(ふさぐ)ことで吐き気や嘔吐を抑えてくれます。
プリンペランは心と体のバランスを整えるスイッチのセロトニンの働きをサポートし、胃腸をスムーズに動かす手助けもします。ただし、主な効果は吐き気を抑えることです。
ナウゼリン(ドンペリドン):消化促進と吐き気を抑える薬
ナウゼリンもドパミンD2受容体を遮断することで吐き気を抑えます。しかし、ナウゼリンは主に消化管に作用し、消化管の運動を促進することで吐き気や胃もたれを改善します。
プリンペランと似た効果があるナウゼリンですが、これまでは添付文書上で妊婦が禁忌になっていました。しかし、妊娠中の使用についても安全性が確認され、2025年5月に添付文書から妊婦禁忌の項目が削除されました。安全性が確認されたため、医師からより安心して処方されるようになりました。
ビタミンB6(ピリドキシン):つわり軽減効果がある
ACOG(米国産科婦人科学会)でも推奨されている治療法です。ビタミンB6には妊娠中の吐き気を抑える作用があります。1回10〜25mgを1日3〜4回に分けて服用します。
ジフェンヒドラミン(トラベルミン):つわりに処方されることもある
ヒスタミンは、体の中でアレルギー反応や吐き気などを引き起こす「反応スイッチ」のような物質です。これが脳の「吐き気の指令センター(嘔吐中枢)」を刺激すると、気持ち悪さや吐き気が起こります。
抗ヒスタミン薬であるジフェンヒドラミンは吐き気・嘔吐の原因となる嘔吐中枢に作用し、吐き気を和らげる効果が期待されます。
グラニセトロン・オンダンセトロン:重度のつわりに使用される制吐薬(※保険適用外のケースもあり)
グラニセトロンやオンダンセトロンは日本では抗がん剤による強い吐き気に対してのみ保険適応されます。そのため、薬は保険適応外になる可能性があります。
Diclegis(ディクレギス):アメリカで承認されたつわり治療薬
アメリカFDA(米国食品医薬品局)が承認した妊婦の悪心、嘔吐への適応がある薬です。ディクレギスはビタミンB6(ピリドキシン塩酸塩10mg)と抗ヒスタミン薬(ドキシラミンコハク酸塩10mg)配合薬です。日本では未承認のため、SNS上で個人輸入を安易に勧める投稿を見かけることがありますが、絶対に行わないでください。本当にディクレギスかどうかは確認できませんし、中身に妊娠中に服用してはいけない成分が含まれていても見た目では分かりません。まず、かかりつけの産婦人科医に相談し、プリンペランやビタミンB6などの適切な薬を処方してもらいましょう。
薬の個人輸入には健康被害などのリスクがあり、政府からも注意喚起が行われています。詳しく知りたい人は、政府広報オンラインの記事もご覧ください。参考:政府広報オンライン「健康被害などリスクにご注意!海外からの医薬品の個人輸入」
妊娠している人のつわりに使われる代表的な漢方薬
妊娠すると体の血液の量が増え、ホルモンのバランスが変わります。漢方薬は水・血・気(ホルモンや自律神経など)の流れを整えることで、吐き気やめまいなどのつわりの症状に効果があります。漢方薬は市販でも買うことができますが、同じ商品名でも作っている会社によって入っている成分の種類や量が違います。漢方薬を飲む時は、医師や薬剤師に相談してから服用しましょう。
漢方を飲むときには水または白湯で飲みましょう。できるなら香りを感じながら飲むのもおすすめです。
小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう):つわりによる吐き気・嘔吐・胃のムカムカに
主な作用
吐き気や嘔吐、胃のムカムカをやわらげます。めまいや動悸の改善にも効果があります。
こんな人におすすめ
つわりで吐き気が強い人
早く効果を感じたい人(構成生薬が3つと少なめで即効性が期待できます)
どの漢方薬を飲んだらいいかわからない人
余裕があれば心がけたいこと
漢方薬を溶かした液は冷やして、少量を何回かに分けて飲みましょう
生姜汁を数滴加えると効果が増します。
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう):吐き気・不安感・喉のつかえ感に
主な作用
吐き気や不安感、喉のつかえ感や異物感をやわらげます。
こんな人におすすめ
吐き気に加えて、妊娠による不安感や気分の落ち込みなどの症状がある人
うつ症状がある人
人参湯(にんじんとう):食欲不振・よだれづわりに
主な作用
胃腸を温めて元気にし、胃腸の調子を整えます。
こんな人におすすめ
お腹が冷えやすい人
唾液がたくさん出てしまうよだれづわりの人
小半夏加茯苓湯を試したけれど効果がなかった人
余裕があれば心がけたいこと
人参湯はお湯で溶かして飲むと効果が増します
五苓散(ごれいさん):むくみ・つわりに
主な作用
体の水分のバランスを整えて、吐き気や頭痛・めまい・むくみを和らげます
こんな人におすすめ
吐き気はあるがひどくはなく、頭痛やめまいやむくみが気になる人
尿の量が減ったり、体が重いと感じる人
六君子湯(りっくんしとう):吐き気・食欲不振に
主な作用
胃腸を元気にして食欲を出します。
こんな人におすすめ
つわりで食欲が落ちて体重が減ってしまった人
胃腸の不調が続く人
妊娠中に使ってはいけない薬・注意すべき成分とは?
妊娠中でも比較的安全に使える薬がある一方で、注意が必要な薬もあります。妊娠がわかる前に服用してしまっても問題ないお薬もたくさんあります。つわり処方薬や市販薬を使う時の注意点をまとめました。
妊婦に禁忌とされる主な成分一覧
添付文書上では妊婦への投与は禁忌ですが、妊娠初期に使用された場合の胎児への影響(催奇形性や胎児毒性)は証明されていないものを一覧にしています。また、妊娠4週までは薬物投与の影響は少ないと考えられています。もし妊娠発覚後に薬を服用したことがわかった場合、産婦人科医に相談しましょう。
薬品名(主な商品名) | 効能・効果 |
ロキソプロフェン(ロキソニン)、イブプロフェン、ジクロフェナク(ボルタレン)など | NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)解熱鎮痛剤熱・痛み・炎症を抑える |
ヒドロキシジン(アタラックスP) | 抗ヒスタミン薬アレルギー症状の緩和 |
トラニラスト(リザベンカプセル) | 抗アレルギー薬気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎の症状緩和 |
レボフロキサシン(クラビット)など | ニューキノロン系抗菌薬細菌感染症の治療 |
湿布ケトプロフェンテープ(モーラス)など | 解熱鎮痛剤痛み・炎症を抑える |
また、基本的に吐き気止めや胃薬などは、妊娠に気が付かずに服用しても問題ありません。
妊娠前から服用している薬について
妊娠がわかった後に自己判断で薬を中止することで、症状の悪化や母体・赤ちゃんへの影響が生じる可能性があります。ここに記載されている薬でも、医師の判断で妊娠中でも投与を継続する場合があります。薬は自己判断では中止せずに、主治医に相談しましょう。
市販薬や家庭にある常備薬で避けるべき薬の具体例
うがい薬の中でもイソジンなどポビドンヨード(ヨウ素)を含むタイプは使用に注意が必要です。ヨウ素は甲状腺ホルモンの材料で、普段の食事(海藻類など)からも摂取していますが、過剰に摂ると甲状腺機能に悪影響を及ぼすことがあります。妊娠中は、赤ちゃんの甲状腺機能にも影響を与える可能性があるため、ポビドンヨード配合のうがい薬を頻繁に使うことは避けましょう。
また、市販のスプレータイプのうがい薬にもヨウ素が含まれていることがあるため、成分表示を確認してください。
どうしてもうがい薬を使いたい場合はアズレン(アズレンスルホン酸ナトリウム)配合のうがい薬を選びましょう。
パッケージや添付文書で必ず確認すべき注意表示とは
「妊娠または妊娠していると思われる人は服用しないでください」などの記載がされているものは妊娠中の使用が明確に禁止または注意喚起されています。
また「医師、薬剤師または登録販売者に相談してください」などの表示がされているものは、安全性に配慮が必要なものです。
パッケージの表示や同封されている添付文書を確認し、わからない時には薬剤師や登録販売者に相談しましょう。
自己判断で薬を使うリスクと、医師・薬剤師に相談すべき理由
妊娠4週から7週前後の「絶対過敏期」は、赤ちゃんの体の臓器(神経や心臓など)が作られるため、特に注意が必要です。そのため産婦人科医の中には、この時期の薬の服用は極力避けるよう指導している場合もあります。
薬の使用について不安がある場合は、医師または薬剤師に相談しましょう。
薬に頼らないつわり対策法|日常でできる工夫まとめ
つわりの症状が続く期間は比較的長いため、日常生活においてさまざまな工夫を取り入れることが大切です。特に、食事や生活習慣の見直しが症状の軽減につながる場合があります。
食事のとり方を工夫してつわりをやわらげる方法
食事の回数を1日3回でなく、少量を数回に分割したりしましょう。食べられるものが少ない時には、栄養バランスは気にせず、食べられるものを食べましょう。刺激やにおいの少ない食べ物をとるなど、食事と生活様式の改善を試してみましょう。
ツボ押し・アロマ・リラックス法で気分を落ち着ける
つわりの症状を和らげるには、ツボ押しやアロマなどのリラックス法も役にたちます。
ただし、妊娠中のアロマの安全性について、現時点では十分に明らかになっていません。そのため使用する時には、ごく少量や通常の半分の量から試しましょう。また毎日長い時間使用することは避けましょう。
脱水を防ぐ水分補給と、妊娠中におすすめの飲み物
飲むことが可能な場合は、市販されているスポーツドリンクやカロリー補助食品を常用量の範囲でとりましょう。十分な経口摂取がむずかしい場合、栄養のバランスにはあまり神経質にならず、好みのものや消化の良いものを少量ずつ、1日5〜6回など小分けにしましょう。
医師や薬剤師に相談すべきタイミングとその理由
つわりの症状があまりにもつらい場合は、無理をせず医師や薬剤師に相談することが重要です。ここでは、つわりが悪化した時に現れる主な症状について解説します。
妊娠悪阻に注意!つわりが重症化したときの症状とは
つわりの症状が悪化し、脱水、皮膚乾燥、電解質の異常などを起こしたものを妊娠悪阻(おそ)といいます。頻度は全妊婦の0.5〜2%程度です。水分が摂れなくなり、5%以上体重が減少した場合はかかりつけの病院に相談しましょう。
症状が悪化すると、めまい、頭痛、口渇、皮膚乾燥、軽い黄疸、発熱などが起こります。
受診時に伝えるべきこと:症状の経過・市販薬の使用状況など
体重の減り具合、食事や水分をどのくらいとれているか、トイレの回数などを伝えましょう。また、使用した市販薬やサプリメントがあれば、必ず医師に伝えましょう。
通院が難しいときは?オンライン診療の利用方法と注意点
つわりで通院が難しい時、かかりつけの産婦人科に相談しましょう。
また妊婦へのオンライン診療に対応しているクリニックもあります。
ルナルナオンライン診療ではオンライン診療ができる産婦人科などが紹介されています。初回は受診が必要になりますが、自宅で専門家に相談できることはとても助けになるでしょう。
【体験談】つわりの時期に無理をしない大切さ
私自身、2人目の妊娠3ヵ月の時につわりがとても重く、仕事を続けるのが限界に感じた経験があります。体がつらくて「つらい」と言う元気さえなく、吐き気と倦怠感で精神的にも追い詰められました。
そこで私は「母性健康管理指導事項連絡カード」(母子手帳に同封)を医師に記入してもらい、1週間ほど仕事をお休みしました。
つわりの時期は必要なサポートを受けることが大切です。
無理をせず、必要なときは遠慮なく医師や職場に相談し、休養を取ることも大切だと実感しました。
まとめ:つわりを正しく理解し、安全に乗り切ろう
つわりは個人差が大きく、薬や漢方の選択も症状や体質によって異なります。不安がある場合は、医師や薬剤師に相談しましょう。妊娠初期は赤ちゃんの体がつくられる大切な時期なので、薬の使用には特に注意が必要です。不安なことがあれば、どんな小さなことでも専門家に相談してください。どうかご自身の体を最優先に、必要なサポートを受けてつわりを乗り切りましょう。
参考文献
今日の治療薬2025 南江堂
治療薬マニュアル2024 医学書院
日本医師会雑誌 漢方治療のABC
参考サイト
- ツムラ医療関係者向け情報(2025年6月20日アクセス)
- nature GDF15 linked to maternal risk of nausea and vomiting during pregnancy(2025年6月20日アクセス)
- HCS JOURNAL つわりの症状と栄養摂取および妊娠中体重増加量との関連 (2025年6月20日アクセス)
- 国立研究開発法人 国立成育医療研究センター(2025年6月20日アクセス)
- Ondansetron in pregnancy and risk of adverse fetal outcomes(2025年6月20日アクセス)
- Doxylamine succinate-pyridoxine hydrochloride (Diclegis) for the management of nausea and vomiting in pregnancy: an overview(2025年6月20日アクセス)
- 日本産科婦人科学会 日本産婦人科学会 産婦人科診療ガイドラインー産科編2020(2025年6月20日アクセス)
- ルナルナ オンライン診療(2025年6月20日アクセス)
- 米国産科婦人科学会(ACOG)(2025年6月20日アクセス)
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